伸ばした指先に触れたのは

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 突然、私の日常が激しく歪んだ。風は吹くことを止め、花達は狼狽え、水は自ら存在をかき消し、か弱き命達は何処かへと姿を眩ました。  一人残された私は胸に溢れる感情に、困惑した。この胸を切なく痛ませる感情が何かは分からない。だが、この名前の無い感情の原因は分かっている。  私と同じ名前を持つ天の支配者が照らす世界に、未だその時では無いというのに暗黒が満ちて行く。不相応な、不気味な景色に私の胸は熱く高まる。  私の日常には有り得ない、“夜”が来たのだ。  全くの無音の世界に、その気配は確かにあった。 「息災であったか。“太陽の女神”よ」  私は闇から届くその声に、恐る恐る振り向いた。私と対なる存在。決して出逢うことは無い、だが憂えて止まない存在がそこには確かにあった。 「“月の帝王”、ですね?」  私の無様に震える声が、目の前に広がる暗黒をそう呼んだ。すると闇は、漸く本来の姿を私に晒した。  背中に流れるのは長く艶やかな黒髪。陶器のような冷たく白い肌の多くは闇色の黒衣に包まれている。  印象的なのはその瞳。今にも闇に溶け入ってしまいそうな姿に反して、その存在を強く主張する銀の瞳は不思議な輝きを宿している。低い声と共に小さな笑いが私の鼓膜を揺らす。  ――私と正反対なその姿。私の心を乱して止まない存在―― 「……くくっ。久し振りに会えたというのに、貴女とこうして言葉を交わせるのは私だけと決まっているのに」  月の帝王は楽しそうに笑う。すぐにでも消え入りそうな彼の存在はとても儚い。 「……お久しぶり、ですね。息災だなんて、私に何かあれば貴方は此処には居れないのでしょうに」  煩わしい。そう紡ぐ私の言葉に彼は微笑む。銀の瞳が愛おしいと私に囁きかける。  闇に儚く輝くその瞳が、私を見ている。 「……そうだな。私は月、貴女は太陽。月は太陽の光が無ければ、その存在を保てないのだから」
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