麗しのシンディ

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「...もう、やめてよ。その顔...」 頼むから、もう、俺の心臓がもたないから... ため息で誤魔化すのも、そろそろ限界になる中、シンディがまたショボンとしだした。 「あ、すみません...」 ...完全に誤解してる。 本当は、ゆっくり彼に合わせてあげたかったけど、このまま優しくするのは、もう無理だ。 「あー...マスターお会計、二人纏めて」 頑張ってくださいね、とマスターにウインクされ、気まずいまま、シンディの腕をつかむ。 「行くよ?」 少し強引だが、いつもに比べたら、気になる相手に、よく、ここまで我慢したと思う。 barを出た俺は、人気の少し無くなるところを目指して歩く。 「あの、アヤメ...じゃなくてショウブさん!」 まったく...こんなときまで律儀なんだから。 「直人でいいよ」 おかげで少しだけ冷静になった頭で、答えることが出来た。 グイッ...!! 角を曲がった先で、強引に彼の腕を引っ張ると、俺の胸に抱かれるような形に収まった。 「あんな顔するからだよ...」 胸に収まった彼の耳に囁くと、彼の身体が小さく震えた。 ずっと理性の蓋をして我慢してきたのに...それを君は簡単に開けてしまった。 煩いくらいに心臓が鳴っていることに、君は気付いてくれるだろうか? 「君の答えを待てなくなった...嫌なら逃げて?」 胸に収まる彼の背に腕を回し、その髪に触れた。 微かに清楚な石鹸の匂いがする首元に口付けしたくなる。 早く逃げてほしい... 叶わないなら、いっそ、ひどく振られてしまった方が諦めがつくから。 「つ、月が綺麗ですね...」 ...ッ! 言葉とともに彼の腕が俺の背中を包んだ。 ぎこちないながらも、優しく包んでくれる腕にこの上ない幸せを噛み締める。 彼の顔は見えないけれど、彼の気持ちが伝わってきた。 意味を理解した上で「月が綺麗ですね」と、真面目な彼が言ってくれたことが、ただ、好きだと言われるよりも、胸にしみる。 「...死んでもいいわ」 彼の首元に顔を埋めながら、そっと首筋に唇を当てた。 ビクッと微かに震えた彼を更に強く抱きしめながら、少しでも長く幸せが続くように願う。
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