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それでも、精一杯に笑顔を作っていた。
泣いているような笑っているような顔に、私も微笑み返す。
「行っておいで...」
「はい」
口に出さなかったことからして、転勤などではないことは分かっていた。
誠実そうな彼が、期限も言わないし、理由も言わない。
それは、恐らく、言えないのだろう。
実家からの呼び戻しか、上司からの縁談の類あたりかもしれない。
「お元気で...私の奢りですからお代はいりません」
珈琲を飲み干した彼は、立ち上がって深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
...カラン
姿が消えた後のドアを見ながら、苦笑する。
無理矢理にでも抱いておけばよかった...
昨夜の事が悔やまれる。
若くない私にとっても、手に入りもしないものを追いかけるほど、虚しいことは無い。
惜しいことをしたな...
静かな雨粒が柄にもなく私の頬を濡らした。
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