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「ある日の舞台の前に母が死んだと弟から連絡を受けたんです。今から舞台っていうときにいきなり帰るわけにもいきませんし、何よりお笑い道を左右する大事な舞台でしたから、相方に辞退しようと相談することもできませんでしたから、結局出ました。舞台に」
それがダメだったんです、と小声で悔しそうに彼は言った。
「どんなネタだったのですか?」
「それが、母親をネタにした漫才なんですよ。本当タイミングが悪いですよね。笑いにもなりませんよ。自分も笑いにすらできませんでした。何せ相方が私の母の事実を元にしたボケでしたから。三ツ矢サイダーに差し歯入れちゃったとか、コーラの空ペットボトルにそうめんつゆ入れちゃうとか。やってるときに思い出しちゃったんですよ、母のことを」
「…それで?」
「泣いてしまったんです。舞台中に。芸人失格ですよ。人を笑わせることもできずに、笑顔を作ることもできずに、舞台上で泣いて。それから、そのまま舞台を飛び出して、新幹線に飛び乗り、母の元へ…。場所は弟から聞いてましたから、母の元へすぐさま向かったんです」
私は何も言葉を返せずままに彼の言葉の続きを待った。
「父はカンカンに怒りましてね。こんな時でも半端な芸人やってるのかっ!この馬鹿野郎がっ!て、そのまま追い出されて、相方からは、この時期を境にうまくいかなくなって解散したいと言われて、それからピンになったんです。ピエロにも芸人にもなれないまま」
馬鹿な話でしょう? と乾いた笑いを見せるその男の姿に何も返答できなかった。
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