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訊く晶。
晴香は静かに頷いた。
「……ああ」
「手掛かりもないんだろ?」
「ああ」
「どうするんだよ」
「どうするもこうするもない。やれるだけのこと、やるだけさ」
言って晴香は席を立ち、重ねた食器を洗い場に持って行く。
「あ、皿洗い、俺やるよ。置いといて」
晶が言うと晴香は首を横に振り、皿を洗い場に置いて服の袖を捲り上げた。
「何を言ってる。たまには弟の手伝いしなきゃ、父さんと母さんに怒られるだろ。この間も夢に出てきたんだから」
そう言って晴香は、障子を挟んで奥の部屋にある仏壇を指差した。
そこにあったのは二つの写真。それは仲の良さを表すかのように隣同士で立てられていた。
それに一度目を向けた後、怪訝そうに晶は呟く。
「夢にって……何だよそれ」
「いいから。とにかく今日はあたしに任せて、お前は先に風呂でも入ってろ」
しっしっと払い除ける様に手を振る晴香。
姉はしつこいのが大嫌い、ということを晶はよく知っているので、それ以上食い下がることなく、仕方無しにその言葉に甘えることにした。
「はいはい……」
* *
チャポン。
そんな水の弾ける音が浴室に響く。
「ああ゛ーーーーー……」
ほんわりと湯気に満たされた浴室で湯槽に浸かり、晶は低い声を出す。
はっきり言うとオッサン臭い。
数分間、晶は体を温めながら幸せそうに微笑む。天国にいるかのように。
そんな時だった。
「……ん?」
晶は何かに気付いた。
右腕を湯槽に張ったお湯から出してまじまじと見る。
「何だこれ?」
そう晶が疑問を持ったのは、自分の右腕に真っ直ぐ縦一閃に刻まれた傷跡。
否、傷と言うよりも模様―――タトゥーに近い。
綺麗な直線を描いているが、晶には身に覚えのない痕だった。
「いつこんな痕が付いたんだ?」
首を傾げながらそれを指でなぞり、唸る。
触っても全然痛くない。普通の傷のような手触りもない。
幻なのでは、とさえ思ってしまう。
晶は暫くそれを見つめた後、まぁいいか、と思考を振り払って湯槽から出、浴室の外にあるバスタオルに手を伸ばした。
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