狼青年の虚実

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 男は太ももまで覆ってしまう大きなコートを着ている。それと大きなつば付きの帽子を被り、マスクをしていた。表情や体躯を徹底的に隠そうとする服装は、まるで赤ずきんを騙そうと企んでいる狼のようだ。あまりに怪しさを醸し出しているが、この季節となると仕方がないか。本人はあくまで防寒のつもりだろう。  男は駆け寄っていった彼女と会話を交わし終えるとこちらへやってきて、目の前の席に座った。帽子を脱いで、マスクを外し、顔が露わとなる。当たり前だが、大きな耳も大きな口もそこにはなかった。予想に反した小さな口で、失礼しますと声を発した。かまいませんよと僕は答えた。  露わになった顔は想像していたよりも若い。ついでに声も。僕と同年代だろうか。服装の感じや雰囲気、物腰からそういう印象を受けた。歳の割に老けていると、恋人から言われたことがあるが(そのくせ一人称が僕だから随分とからかわれる)、目の前の彼は僕とは真逆のようだ。実際は僕と同じく、二十代半ばから後半と言ったところだが、きっと若く見られるタイプだろう。未だ青年で通用するはずだ。
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