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「粕屋さん、着きましたよ」
寝ていた粕屋を花房がゆすり起こす。
「おい粕屋、早く起きろ」
佐久間もそれに加わる。
粕屋は眠気眼を擦りながら気だるそうに起き上がった。大きなあくびと背伸びを同時にしてみせると、急に引き締まった表情を作った。
「ようやく着いたか~!よし、待ってろ欧介~!」
そう叫ぶと粕屋は佐久間と花房を置き去りにして歩いて行った。二人は慌てて後を追う。
「粕屋さん、何か嬉しそうですね」
粕屋に聞こえないように花房が佐久間に話しかける。
「そうだな。一緒に飲める相手がいなかったからな」
少しにやけた表情で佐久間が返した。
空港を出た三人の前にニューヨークの街が広がった。
「おぉ…」
三人は同時に感嘆の声を漏らす。
「感心している場合じゃないな。早く欧介のところに行かないと」
「そうですね」
佐久間が制し、花房も後に続く。
「おい粕屋、置いて行くぞ」
いつまでも街並みに気を取られていた粕屋を尻目に、佐久間と花房はタクシー乗り場の方へ向かった。
走って追いかけてきた粕屋も無事タクシーに乗り込み、佐久間が流暢な英語で運転手に行き先を告げる。
「ペラペラじゃないか」
粕屋が驚いた表情を浮かべる。
「そこまでじゃないさ。お前の彼女の方がペラペラだろ」
佐久間がそう言うと急に粕屋の表情が曇ってしまった。
「粕屋…?」
粕屋は何の反応もない。
「どうしたんだよお前、まさか…」
問い詰めようとする佐久間を花房が引き寄せた。
「昨日なみちゃんとケンカしたらしいですよ。結構深刻らしいです」
花房が小声で囁くと佐久間は納得したという表情を見せた。そして二度ほど咳払いをし、場を取り繕おうを話題を探す。
「欧介、元気だといいなぁ。なあ!ハハハ」
花房の背中をドンと叩き、気丈に振る舞ってみせるも、粕屋の表情は一切変わることはなかった。
やがて欧介と桜子の暮らすアパートへと到着した。
呼び鈴を押し、扉が開くのを待つ。
中から出てきたのは桜子であった。
「皆さん!」
目を丸くし、右手で口を覆う。驚いたとき、衝動的にしてしまう動作だ。
「ど、どうされたんですか?」
事態を飲み込めず困惑する桜子。
「お久しぶりですね。実は欧介に用があって来たんですよ。今はこちらにいませんか?」
佐久間が問いかける。
「え、あ、はい。今は大学の方に…」
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