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「どうだ小僧、俺のへなちょこパンチの味は?」
相沢が言った。間合いを取って、短髪を見据えている。
「……ちょっと待ってくれよ」
対する短髪は両腕を膝に預けて、ハァハァと肩で息急き切った状態だ。相沢の放つ拳は、軽くて致命傷には至らぬものだ。だがそれを何度も食らえば話は別だ、スタミナを殺ぐには充分だった。
「惨めだな。俺らを襲撃しといて、哀れにも返り討ちに遇うなんてよ」
既にその相沢の台詞にも反応しない。まるで追い込まれた草食動物、危険な肉食獣に弄ばれて、止めをさされる一歩手前といった状況だ。
「いいだろう、そろそろ仕上げてやる。楽にしてやるぜ」
それを認めて相沢が身体に気合いを籠める。ぐっと拳を握り締めて飛び出した。
「へっ……」
ゆらゆらと視線を上げる短髪。その顔面目掛けて拳が勢いよく飛んでくる。先程までと違った、ウエイトの乗ったヘビーな拳だ。それを食らえば敗北は確実だろう。
「……やっと食らいついたか」
しかしその口元に浮かぶのは笑み。その瞳がギラリと輝きを放つ。
バサッという風切り音が耳元を掠めた。相沢の拳が空を切った音だ。すかさずその腕を左手で絡め取る。
「なんだと?」
眼前で相沢の声が響いた。苦虫を噛み潰したような低い声だ。
刹那、その顔面に短髪の放つ拳が叩き込まれた。がっと天を仰ぎ口から血飛沫を吐き出す。
「須藤、これでいいんだよな?」
それでも短髪は掴んだ手を離しはしない。小太りに視線を向けて意味深に言い放つ。
「そうじゃ。どんなに用心深い深海魚じゃろうと、食らう時だけは無防備。……食らう行為で無我夢中じゃからな。そこを一気に捕らえて、仕留めればいい」
小太りの男、須藤が言った。
「了解」
それで短髪の表情が煌めく、怒濤のような攻撃が開始された。対する相沢は成す術がない。防御することも倒れることも許されず、まるでサンドバッグ状態。
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