壱の編 修羅ふたり

7/8
前へ
/1495ページ
次へ
 伏せ目がちに、地面に転がる鉄パイプを蹴り払う一弥。 「その特攻服、引退の記念に貰っていくのを忘れててな」 「引退の記念だと?」  沖田一弥は数ヵ月前までナイトオペラのリーダーを務めていた。とある理由から、一時期引退していた。 「冗談はよしてくれ、あんたチームを抜けてんだぜ。昔はあんたのものだったかも知れないが、今じゃ俺のものなんだ」 「それがどうした。どうせお前には、その象徴は似合わないんだ」  飾られた特攻服は、一見どこにでもある古めかしいものに思えるが、彼らからすれば違う。  代々引き継がれてきたチームの象徴。暴走族と呼ばれた時代から、それに袖を通した者だけがリーダーと呼ばれてきた。そればかりは時代が違っても変わらない。 「お前はまだ、それに袖を通してないんだろう。だったら俺のものだ。お前にリーダーの座は相応(ふさわ)しくない」  威風堂々と言い放つ一弥に対し松田は反論することもできない。  ガキのような言い分だが、それこそが絶対だ。袖を通していないということは、リーダーの座は空席ということ。 「そういう訳だから松田、さっさとその子汚い服、返せ。さっさと終わらすべ」  シュウが言った。『子汚いってお前』愕然となる一弥などお構い無しだ。 「なんだと?貴様魔王だよな。貴様とは初対面な筈」  (いぶか)しがる松田。シュウも不良の間では有名人。とにかく強くて、ケンカでは負けなし。ついた渾名は魔王シュウ、顔は知らずともその悪名だけは有名だ。 「うるせーな、てめーには関係ねーべ。言ってみれば神様のお告げだ」  そのうえわがままで大胆な性格。 「噂に違わぬ馬鹿だな」  流石の松田も呆れ顔。  そして続く沈黙。天井裏配管でネズミがちょろちょろ動く音だけが響く。 「このままおとなしく返せば穏便にすませてやる」  一弥が言った。 「冗談」  笑みを浮かべる松田。
/1495ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5114人が本棚に入れています
本棚に追加