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「悔いのないように……。か」
夏生が去り、俺と梓だけになった帰り道。
何故だか耳から離れない先程の夏生の言葉を、自ら口に出してみた。
「……どうしたの?望」
そんな俺の様子を不思議に思ったのか、横から梓が声を掛けてきた。
「ん?ああ、さっき夏生が言ってただろ?悔いのないように休みを過ごせって。あれどういう意味だ?って思ってな」
「どういう意味って……。単に言葉通りの意味でしょ?」
「……だと思うんだけどな。何か気になんだよ、あいつが俺達にあんなキザッぽい事言うの初めて聞いたし」
「……そんな気分だったんじゃない?きっと一生で一回しかない高校一年生の夏休みを精一杯楽しめってことだよ」
まあ、普通に考えて梓の言うとおりだよな。
先程まで考えていた事を脳内から完全にデリートし、梓との他愛もない話に戻る。
そして、自宅に着いた俺は梓にまたな、と一声掛けて自転車をしまうために倉庫に向かおうとした。
「あ……。待って!望」
背中を向けて歩き出した瞬間、普段よりうわずった声が聞こえた。
「何だ?どーした?」
立ち止まり、振り返った俺は梓を見た。
「…………じゃあね」
今まで十六年生きてきたけど、背筋に冷や汗が流れたのはこれが初めてだった。
その声が、梓の笑顔が儚くて、まるで今にもここから消えてしまいそうで。
「………………梓?」
目の前の存在を確かめるように、ただ名前を口に出したところで梓は手を振って走り出した。
呆気にとられた俺は、追う事もできずにただただ立ち尽くすだけだった。
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