6人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし静寂は、突如として吹き荒れた強風により、破られた。
ゴオォォォォォッッ
『きゃ…っ』
風は、髪を結っていたリボンを解いて、空の彼方へと連れさってしまった。
しかも、ばらけた髪が近くの植え込みにからまって、ほどけなくなってしまうという始末。
『や…やだどうしよう…っっ』
髪は複雑にからんでいて、たやすくにはほどけそうになかった。
10分ほどあがいてみたところで、いじればいじるほど事態は悪くなることに気付き、とうとう、もう切るしかないかなと、あきらめてしまった。
はさみなら、運良くポケットに入っていた、ソーイングセットのものがある。
不幸中の幸いといったところか。
(髪、のばしてたんだけどな)
はさみを髪に入れようとした、その瞬間だった。
『ちょっと待って』
今にも髪を切ろうとしていた手を、ベージュのトレンチコートを着た男が止めた。
逆光でよく顔が見えなかったが、煙草の煙と、ほのかに香るコロンの匂いの混じった、そのインドのお香のような煙ったい香りには覚えがあった。
『う…そ…』
先生だった。
先生がそこに立っていた。
あまりに突然のことだったから、好きすぎて、幻まで見えてしまったのかと思った。
『早まっちゃだめだ芹澤。せっかく綺麗な髪なんだから、切ったりしたらもったいない』
最初のコメントを投稿しよう!