星月夜に君を想うこと

7/18
前へ
/25ページ
次へ
しかし静寂は、突如として吹き荒れた強風により、破られた。 ゴオォォォォォッッ 『きゃ…っ』 風は、髪を結っていたリボンを解いて、空の彼方へと連れさってしまった。 しかも、ばらけた髪が近くの植え込みにからまって、ほどけなくなってしまうという始末。 『や…やだどうしよう…っっ』 髪は複雑にからんでいて、たやすくにはほどけそうになかった。 10分ほどあがいてみたところで、いじればいじるほど事態は悪くなることに気付き、とうとう、もう切るしかないかなと、あきらめてしまった。 はさみなら、運良くポケットに入っていた、ソーイングセットのものがある。 不幸中の幸いといったところか。 (髪、のばしてたんだけどな) はさみを髪に入れようとした、その瞬間だった。 『ちょっと待って』 今にも髪を切ろうとしていた手を、ベージュのトレンチコートを着た男が止めた。 逆光でよく顔が見えなかったが、煙草の煙と、ほのかに香るコロンの匂いの混じった、そのインドのお香のような煙ったい香りには覚えがあった。 『う…そ…』 先生だった。 先生がそこに立っていた。 あまりに突然のことだったから、好きすぎて、幻まで見えてしまったのかと思った。 『早まっちゃだめだ芹澤。せっかく綺麗な髪なんだから、切ったりしたらもったいない』
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加