星月夜に君を想うこと

12/18
前へ
/25ページ
次へ
もしやこれは私の見ている夢なのではないかと、手の甲をつねってみるが、痛みだけが後に残った。 『…先生、あの』 先生は何も言わなかった。 そうなれば私も、返す言葉がなくなってしまう。 午後5時19分。 黄昏時と言うにはもう、闇の深すぎる教室に、沈黙は、ぴんと糸を張ったように、張り詰めた空気を助長させていた。 『芹澤さ…』 やっと先生が話を切り出した。 とりあえずはほっと胸をなで下ろすが、依然としてこの状況が変わったわけではない。 『一度まともに話したこともない、担任でも部活や委員会の顧問でもない教師が、どうして自分の名前を覚えててくれるんだろうって、気にならなかった?』 『あ…』 …そう言えばそうだと、今まで気付きもしなかた矛盾に、我に返る。 確かに先生は、自分から名乗ったわけでもないのに、最初から私のことを、“芹澤”と確信を持って呼んでいた。 数学の授業でさえ、先生の受け持ちではなくて。 今まで一度だって、面と向かって話したことさえなくて。 それなのにどうして、私の名前が分かったのだろうか? この学校には千人近い数の生徒がいるというのに。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加