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もしやこれは私の見ている夢なのではないかと、手の甲をつねってみるが、痛みだけが後に残った。
『…先生、あの』
先生は何も言わなかった。
そうなれば私も、返す言葉がなくなってしまう。
午後5時19分。
黄昏時と言うにはもう、闇の深すぎる教室に、沈黙は、ぴんと糸を張ったように、張り詰めた空気を助長させていた。
『芹澤さ…』
やっと先生が話を切り出した。
とりあえずはほっと胸をなで下ろすが、依然としてこの状況が変わったわけではない。
『一度まともに話したこともない、担任でも部活や委員会の顧問でもない教師が、どうして自分の名前を覚えててくれるんだろうって、気にならなかった?』
『あ…』
…そう言えばそうだと、今まで気付きもしなかた矛盾に、我に返る。
確かに先生は、自分から名乗ったわけでもないのに、最初から私のことを、“芹澤”と確信を持って呼んでいた。
数学の授業でさえ、先生の受け持ちではなくて。
今まで一度だって、面と向かって話したことさえなくて。
それなのにどうして、私の名前が分かったのだろうか?
この学校には千人近い数の生徒がいるというのに。
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