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『…明日、昼食おごらなくてもいいからさ。そのかわりしばらく、こうしてていいかな?』
その時私は気付いた。
大人の余裕で口説くふりしながら、先生の声は少し、震えていたのだ。
『…先生、泣いてるの?』
『はは…何で?』
腕を振りほどき、体をずらして振り向けば、先生の瞳にたまった涙が、ナイターのライトに照らされて、きらりと光るのがはっきりと見えた。
『……ごめん、全部忘れて。どうか…してたんだ』
かすかにうつむき、涙を拭う。
長いまつげの影は、切れ長の瞳に憂いを落としていた。
次の瞬間、私は、私の手は、その頬に触れていた。
何故そんなことをしてしまったのか、今となっては分からない。
ただその時、私はどうしようもなく先生のことを、“愛しい”と思ってしまったのだ。
あんな気持ちははじめてだった。
もう恋とか愛だなんて、言葉に言い換えられるような、生半可な感情ではなかった。
はやる思いは止められなかった。
先生のシャツをぎゅっと掴み、爪先立ちで顔の高さを合わせると、もう片方の手て顔を引き寄せ……そして唇を重ねた。
ちょうど小鳥がするような、挨拶みたいなキスだった。
生まれてはじめての、キスだった。
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