星月夜に君を想うこと

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ふせっていた顔を上げれば、暗い海が、建物の影に隠れて、そっと姿をのぞかせていた。 まぁるい地球で、大地に足を着く人間の、見渡せる範囲の限度までのびた水平線。 昔の私は、海上に引かれた一本の線以外に、見えるものが何も無い、虚ろなこの感覚を、ひどく畏れていた。 だが今はもう、それすら自分に重ねて親しみを感じている。 『死ぬなら海がいいな…』 今までにも何度となく、自分が死にゆく日のことを考えては、甘い夢想を思い描いてきた。 結局実行出来ないで、今の今までだらだらと生き延びてきてしまったけれど…。 ただ、はっきりと言えることは、今日の決心はいつにも増して堅かった。 『そうよ…先生のいる海でなら、死ぬのもきっと、怖くないわ』 漠然とした思いは、口にしたことで、確信へと変わった。 風が強まる。 淡い桜色の、お気に入りのネグリジェがぶわりとめくれる。 いつのまにかリボンはほどけて、長い髪が風になびいていた。 (待ってて先生。…今、行きます) ベランダに背を向けて、一歩足を踏み出す。 …もう、何も迷わない。 迷っている暇などない。 不思議なことに、凍えるような夜明け前の冷気も、今の私には少しも冷たく感じられなかった。 ほんの少し、さっきポッドに入れたばかりのカフェオレが、心残りだったけれど。 気付かないふりをして、組み立てた天体望遠鏡もそのままに、ベランダを後にした。
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