星月夜に君を想うこと

18/18
前へ
/25ページ
次へ
…いや、しようとした時だった。 風の音に混じって、どこからともなく、フルートの優美な音色が聴こえてきたのだ。 『え―…?』 瞬間、遠い昔の、まだ私が一点の曇りもない、幸福な日々を送って頃の記憶が甦った。 『こぉら美夢ちゃん、早くねんねしなさい。でないとねむねむおじさんが迎えに来てくれないんだから』 耳元で囁かれるとくすぐったくて、撫でるように優しかった、ママの声―…。 『嘘でしょう?』 不眠症では飽き足らず、とうとう幻聴まで聞こえてしまったのかと、耳を何度も叩いたが、それどころか、音色は時が経つと共に鮮明になっていった。 心なしか、音の出所がさっきよりも、近付いて来ているように思えて仕方ない。 にわかには信じられないと、自分に言い聞かせるつもりで首を横に振った。 『だって、だってあれはママのお話の中の…』 そうこうしている内にフルートの旋律はすぐそこまで迫ってきていた。 もうここまでくると、驚きというよりかは、恐怖に近い感情が湧く。 (な、何?何なの一体―…?) すぐにも逃げ出したいのに、全身が硬直したように動かない。 すぐ後ろで、フルートの音色がぴたりと止まった。 どくん… どくん… どくん… 心臓の脈打つ音が頂点に達した。 確かな人の気配を背後に感じる。 かすかな衣擦れの音と同時に、こつん、と、ベランダの柵に靴音が鳴り響く。 恐る恐る、後ろを振り返った。 『さぁお嬢さん。今日は何の夢を見ようか』
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加