プロローグ

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しかしその、華奢な白い指で―左手の薬指で―銀色の光を放つのは、ほかならぬ結婚指輪である。 …そう、彼女はれっきとした人妻だった。 今から2年6ヶ月前、16歳で同じ高校の教師と結婚し、この家で1年と3ヶ月の間、一緒に甘い蜜月の時を過ごした。 決して豊かとは言えない経済力だったけれど、愛する人と二人、海辺の街の小さな家で過ごした日々は、何物にも代えがたい時間だった。 幼くして両親を事故で亡くし、施設で育った彼女にとって、それは夢にまで見た暖かい家庭だったのだ。 しかし、彼女の夢は長くは続かなかった。 神は彼女から、ことごとく大切な人間を奪っていった。 最初は両親と小さな弟を。 そして二度目は、最愛の伴侶を。 それは、わずか17歳の少女には、耐え難い現実だった。 いつしか彼女は心を病み、とうとう眠れなくなってしまった。 そんな彼女を心配して、友人は幾度も医者に連れて行ったが、病気は一向に良くならなかった。 医者は言った。 『患者に良くなろうという気持ちがなければ、医師がいくら治療をほどこしても意味がないんですよ…』と。 それはどこの医者にかかっても同じことで、そのうち、親身になって協力してくれていた友人も痺れを切らした。 『ねぇ、ちゃんと病気治す気あるのかな?確かにあんたは可哀相だけど、悲劇のヒロインぶるのはもうよしてよ。あんたは一人で生きてるわけじゃないんだよ?あんたが死んだら、すごく悲しむ人がいるってこと、分かってる?』 彼女だって、出来ることなら病気は治したいと思っている。しかし事実治らないものは治らないのだ。 彼女を眠らせない原因は、分かったとしても、到底解決出来ない問題なのだから。 一度死んだ人間を、蘇らせる秘術でもあるのなら別だが。
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