4人が本棚に入れています
本棚に追加
*
――数日前。彼、涼夜(りょうや)は確かに、絶望の中に居た。
「クソッ……なんでだよ……!」
言葉は、目の前の少女――病室のベッドで穏やかな寝息を立てている月音に向けられていた。
……否、正確には。その言葉は月音自身にではなく……彼女の立たされた現状にこそ、向けられていた。
――月音と出逢ったのは、偶然だった。
交通事故で左腕を骨折し、入院する事になった際、病院側の手違いで誤って月音の部屋に行ってしまったのだ。
涼夜の部屋は本来603号室なのだが、最初に通されたのは703号室――丁度真上の部屋であり、月音が長い長い時間を過ごしている部屋だった。
「え……誰、ですか?」
呆気に取られる月音に、
「あ、えと……筧 涼夜っていうんだけど……」
「涼夜、さん……?あ、わたしは月音っていいます……?」
「あ、そうなんだ……?」
「…………」
「…………」
「えと……それで、わたしに何か用ですか?」
「……さ、さぁ」
――初めてのやり取りはこんな感じだった。間抜けな事この上ない。
――それから、色々な事があった。
暇な涼夜は月音に会いに行き、彼女はソレを笑顔で受け入れた。
沢山の事を話した。他愛もない事。下らない事。
月音は、涼夜より二つ年下の15歳であるとか。チョコレートが好きで、でも、病気の所為であまり食べられないとか。
そんなありふれた、ありふれ過ぎた何でもない会話が、しかしこの上無く幸せで。
繰り返す毎日。刻まれる日々。
それが、どれくらい続いたであろうか。涼夜は退院してからも月音に会いに行き――そして、今日。月音は不意に、ソレを告げた。
「わたし……もう、長くないんです」
そう告げた時の月音の表情を、涼夜は恐らく生涯忘れまい。
悲観と、諦観とが入り交じった儚い微笑み。そう、笑み。全てを諦めた表情で、月音は言った。
「……そうか」
何を言えば良いのか分からなかった。だから、ただ頷いた。
痛切な言葉は、しかし衝撃には成り得なかった。薄々、気が付いてはいた。
だから胸に沸くのは、『あぁ……やっぱりか』という実感で。
「…………」
「…………」
互いに、沈黙。口を開かない、開けない。
最初のコメントを投稿しよう!