幸せは契約の果てに

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* ――数日前。彼、涼夜(りょうや)は確かに、絶望の中に居た。 「クソッ……なんでだよ……!」 言葉は、目の前の少女――病室のベッドで穏やかな寝息を立てている月音に向けられていた。 ……否、正確には。その言葉は月音自身にではなく……彼女の立たされた現状にこそ、向けられていた。 ――月音と出逢ったのは、偶然だった。 交通事故で左腕を骨折し、入院する事になった際、病院側の手違いで誤って月音の部屋に行ってしまったのだ。 涼夜の部屋は本来603号室なのだが、最初に通されたのは703号室――丁度真上の部屋であり、月音が長い長い時間を過ごしている部屋だった。 「え……誰、ですか?」 呆気に取られる月音に、 「あ、えと……筧 涼夜っていうんだけど……」 「涼夜、さん……?あ、わたしは月音っていいます……?」 「あ、そうなんだ……?」 「…………」 「…………」 「えと……それで、わたしに何か用ですか?」 「……さ、さぁ」 ――初めてのやり取りはこんな感じだった。間抜けな事この上ない。 ――それから、色々な事があった。 暇な涼夜は月音に会いに行き、彼女はソレを笑顔で受け入れた。 沢山の事を話した。他愛もない事。下らない事。 月音は、涼夜より二つ年下の15歳であるとか。チョコレートが好きで、でも、病気の所為であまり食べられないとか。 そんなありふれた、ありふれ過ぎた何でもない会話が、しかしこの上無く幸せで。 繰り返す毎日。刻まれる日々。 それが、どれくらい続いたであろうか。涼夜は退院してからも月音に会いに行き――そして、今日。月音は不意に、ソレを告げた。 「わたし……もう、長くないんです」 そう告げた時の月音の表情を、涼夜は恐らく生涯忘れまい。 悲観と、諦観とが入り交じった儚い微笑み。そう、笑み。全てを諦めた表情で、月音は言った。 「……そうか」 何を言えば良いのか分からなかった。だから、ただ頷いた。 痛切な言葉は、しかし衝撃には成り得なかった。薄々、気が付いてはいた。 だから胸に沸くのは、『あぁ……やっぱりか』という実感で。 「…………」 「…………」 互いに、沈黙。口を開かない、開けない。
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