第2章 ロレアンヌの少女

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 まるで地球外惑星とは思えないほど深緑で囲まれた世界…。ふと耳を澄ませば大地の鼓動と緑の息吹きがささやかに耳元をくすぐる。その少女はそんな大自然の真っ只中にいた。  ここは農政管区、大規模農業の傍ら植林をし、灌漑工事の末自然の態系を残したままの小さな小川までもが流れる。まるで地球と変わらぬ現火星の姿であった。  それを可能にしたのは人類の知恵と技術。大気の90%以上を二酸化炭素で占めていた火星を二酸化炭素分解機能により酸素を発生させ、地球の四分の1しかない重力を正常値にさせた。  それにより大気は濃厚になり、冷え切った大地は温暖化へと向かったのだ。しかしながら地球の公転の約二倍の周期を持つ火星は、冬は厳しく夏でさえ20度ぐらいにしかならない不毛の大地であった。  そんな中、人類が植民地として居住するようになって、人々が住みやすい場所にコロニ-が出き、それが国家へと変貌して行った。このアフロディーテ公国は、その中の一つで『水』資源が豊富なアマゾネス平原に君臨する国家であった。  少女は、その大地と大地に根を張り天高くそびえ立つ麦の穂の間を楽しそうに走り廻っていた。 「ミミ!早く早く!」  その後をミミと言われた彼女よりもうひと回り小さな少女が、追いかけて行く。 「お姉様!待って下さい!お…追い付けない」  姉を慕い無我夢中で追いかけてくる妹を見て、彼女はふと『幸せ』と言う物を感じた。  彼女は区の高校に受かった時も、良き友達に囲まれて騒ぎ立てている時も、こんな風に感じる事は一切無かった。反対に祖父が亡くなった時も、友人が戦火にまみれてその命を亡くした時も、悲しみと言う感情すら持つ事は無かった。  そんな彼女が、ふと今までにない感情を心の中で感じたのだ。  彼女は急にそんな自分に『恐怖』を感じ、その場に立ち止まってしまった。  …ヤハネ…  確かにそう聞こえた…。大気が歪み細やかな涼風を生み出す中、金色の麦のさざ波と共に彼女の耳には確かにそう聞こえたのだ。いや心の中に直接響いたと言った方が、聴こえがいいだろう。
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