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泣き叫びながら母親に走りよるミミの後ろを半分放心状態のジャネットが、ゆっくりとしかも一歩一歩丁寧すぎるほどに近づいて行く。そして、母親の側まで来ると、その場で力無く跪いてしまった。
「母さん…」
泣き叫びながら動かぬ母親にしがみつき体を揺さぶるミミをよそにジャネットは、涙さえ出ない自分を呪った。
その時である。僅かに母親の口元が軽く歪んだのを彼女は見逃さなかった。
「母さん!」
揺るがす母親の瞼が、僅かに開きまだ生きている事を告げていた。その瀕死の母親の唇が、何かを伝えようとしている。ジャネットは、必死にその言葉を聞きとろうと耳を母親の口元に近づけた。
「…何?」
彼女の唇が、微かにジャネットの名を呼んだのがわかる。
「何?お母さん!」
「ジャ…ネッ…ト…あなたの…心は…つ…強い…誰…よりも。行きなさい…あ…あなたの…行くべ…き…と…こ…ろ…」
母親シルクは、その言葉を最後に息を引き取った…。
小さい頃泣き虫だった自分に強さを教えてくれた母親(ひと)…、我が儘を言って家族中から総スカンを食らった時も最後まで味方になってくれた母親…、妹と自分に美味しいパンを焼いてくれた母親…、必死に勉強を教えてくれた母親…、思い出せばきりがない。そんな彼女が今この場で息を引き取った…。戦火に巻き込まれて…。敵の砲弾の犠牲となって…。
こんな時にも悲しみと言う実感が湧かない自分の虚無感と言う『心』を憎んだ。涙さえ出ない自分の『心』と言う物自体を恨んだ。しかし、母親は言った。『あなたは強い』…と。
その言葉に背中を押されるように彼女は立ち上がる。泣きすがるミミを見下ろすと、ミミが何やら母親の腕から引き剥がそうとしているのが目に入った。どうやら母親が何かを握りしめているようだ。
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