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「俺はクロトの街へいくよ」
そう、父に告げたのは、アーヴィン少年が十六才になる四日前のことである。
寡黙な父は、息子の秘めた決意を知っていたのだろうか。
ただひとこと、「そうか…」と言い、淡々と薪割りを続けた。
アーヴィン少年は、母にも同じことを告げたが、返ってきた答えは違っていた。
突然の言葉に、母は洗濯物を詰め込んだ籠(かご)を地面に落とした。
洗いたての衣類が土にまみれ、それを足跡でさらに汚して息子へと詰め寄った。
「バカなこと言わないでちょうだい!」
見上げた母の瞳には、すでに涙が溢れていた。
こうなることは、わかっていた。
頭の中で、幾度となく練習を繰り返し、今日の本番を迎えた。
心の準備は、万全のはずだった。
しかし、半ば怒ったように睨みつけてくる母の目は、怒りと不安と悲しみがごちゃまぜになっていて、アーヴィン少年の幼い心をひどく締め付けた。
あれほど、堅く誓ったというのに、決意が音をたてて揺らいだ。
「母さん。僕は本気なんだ」
苦しげに訴えたアーヴィン少年の頬に、母の平手が飛んだ。
無言の抵抗だった。
わなわなと震える母は、憎むかのように息子を睨みつけたあと、漏れ出る嗚咽を右手で隠し、日の当たらない家の中へと駆け込んだ。
母さんは、いつかこんな日がくることを予感し、怯えていたのかもしれない。
そう思うアーヴィン少年は、暗がりに消えていく細い背中を見つめ、頬の痛みと心の痛みの両方に耐えた。
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