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「和樹君か……」
沙織は誰も居ない部屋で和樹の名前を呼ぶ。
返事がある訳でもないが、自然と頬が熱くなっていく。
「呼んだかい?」
その独り言のように呟いた和樹の名前に、聞き慣れた声が届いた。
沙織はドキッとしながら部屋の入口へと振り向く。
そこにはキャンバスと同じ笑顔の和樹が立っていた。
「えっ……えっ……?」
口元を両手で押さえた沙織は、言葉にならない何かを言っている。
「来ちゃったよ」
和樹はパタンと扉を閉めると、沙織へと近付いた。
「おばさんから住所だけは聞いていたんだ」
和樹の通院が終わったあの日、沙織の母親から住所を聞いたのだと言った。
もっと早く来たかったらしいが、時間を取る事が出来なかったらしい。
そうとは知らず、沙織は毎日自分の部屋で和樹の事を想っていた。
何だか恥ずかしくなった沙織は、それでも目の前に立つ和樹の胸に飛び込んだ。
溢れ出す涙が頬を伝わって行く。
その涙は、止まる事を知らなかった。
そして沙織は本当に和樹の事が好きなのだと改めて実感した。
そう、沙織の初めての恋だった。
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