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☆☆☆
初めて開く地元での個展。
沙織は少し緊張していた。
もしかしたら、こんな風景画を見に来る人は居ないかもしれない。
個展が始まってから未だに誰も来ないのだ。
そんな不安を胸の奥にしまうと、沙織は壁に飾られている一枚の絵を見つめた。
自分の部屋から見た、この街の夜景。
沙織の中では傑作だった。
そして思い出深い絵でもある。
留学の事を打ち明けたあの日、無言のまま部屋から出て行く和樹を追う事はしなかった。
そして自分にけじめをつけようと、キャンバスに筆を走らせたのだ。
その時描き上げたこの絵には、沙織の全てを注ぎ込んだ。
「この絵は冷たく、そして悲しい……」
沙織の後ろから聞こえたその声にドキリと胸が高鳴る。
怖くて振り向く事が出来ない。
「よく帰ってきたね。おかえり」
沙織は時間が止まっていた。
もう会う事はないと思っていた。
忘れようと必死になっていた。
だが、そんな事はもう関係なかった。
「和樹……」
自然と流れる涙が頬を伝わっていく。
そこには満面の笑みをした和樹が、両手を広げて立っていたのだ。
沙織は震えながら和樹の胸の中に飛び込むと、何時までも声を出して泣いていた。
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