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成るべく気づかれぬ様に入り口の扉を僅かに開け、身体を滑り込ませ、部屋の隅に立った。
先程と変化のない、眩しすぎる部屋だった。
デルタは出口側の扉の脇に凭れ掛かり、此方に視線を投げよこした。
来たときと変わらず、ぴりぴりと機嫌が悪そうに腕を組んでいた。相変わらず、貴族に向ける視線は冷たく獰猛だが、アクションを起こそうとはしない。
「……………。」
任務に支障が無ければいい。とフィーラルは思い、部屋の中心で、他の貴族達と談笑する依頼主である当主に目を向けた。
人好きする柔和な笑みで、貴族の輪の中心にいる当主は、緩やかに目線を此方に向け、唇を微かに動かした。
―――――お疲れ様。
彼はそう言って、また薄らと笑みを浮かべた。
「…!」
食えない人間だ。とフィーラルは一つ呟いた。
此処を離れたのは、僅かな時間の間だ。
それなのに、気付いていたのだ。あれだけの人間に囲まれているにも拘わらず。
他の貴族達は恐らくフィーラル達の存在すら、認知しているものは少ないだろう。この貴族達の集まりが始まってから一此方に目を向けた貴族は少なかったからだ。
それとも、一見するほどのものでもないと、そう、思われたのかも知れないが。
周囲に気を配りながら、貴族の輪を眺めていて、フィーラルは微かな違和感を抱いた。
「…。」
そして、気付く。
あぁ。当主の目は、一度たりとも笑っていない。
けれど、それもそうか。とフィーラルは思う。
一見一般人が憧れそうな、煌びやかなものに見えるこれは、水面下では、そうではない。実態は実に醜悪で、そして陰湿かつ狡猾だ。
如何にして更に権力を手に入れ、相手を蹴落とし、自分が優位に立てるか。
強かでなければ、足元を掬われてしまう。
潰さなければ潰される。
醜悪さすら、窺える。それは何処か裏社会にも、似ていた。
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