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そう老人が言い放った瞬間、
或いは
老人が歩き始めて12歩目を踏もうとした瞬間、
或いは
千兵の感じる向かい風がぴたりと止んだ瞬間、
老人は忽然と姿を消した。
千兵は己の目を疑う。
段平から右手を放し、両目を擦ってみる。
しかし見える視界は全く同じであった。
周囲を見渡す。
しかしそこに老人の姿はなく、代わりに今の千兵と同じような状況にあるであろう多数の物乞い達の姿があった。
背後からは轟音と悲鳴に似た叫び声が聞こえる。
リリィは大丈夫そうだ、と即座に千兵は思った。
……とその時、千兵は視界の右隅に人の影を捉える。
「ウォォォォォォ!」
物乞いの一人が急に距離を詰め千兵の懐まで近づき、手にした鍬を振りかぶっていたのだ。
ガキン
鈍い音と同時に、千兵は段平で鍬を受け止める。
鍬を押し返して怯んだら右足で腹を蹴る。
千兵は次の一手を決め、それを実行しようと鍬を押し返した瞬間であった。
「10秒経ったぞ、兄ちゃん」
老人が千兵の左耳元で囁いた。
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