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「夕陽もだけど」
少年の声が、にわかに近くなる。
いやに鐘打つ心臓を握り潰された心地で、少女は凍り付いていた。
恐いのと、心のどこかが待ち望んでいたかのような不思議な感情に、また肩が震える。
気が付けば足音もなく隣にいて、少女と同じように擾も船の柵の上に腕を組み、夕陽の方を向いた。
肩が触れ合うほどの距離。
逃げることもできず、少女はますます固くなる。
しかし思わず視界がとらえた青い瞳もまたどこか震えているのを見て、少女はそこではじめて息をした。
「リンの髪、あれと同じ色だ。それからまっすぐじゃないの嫌だって言ってたけど、風になびくと綺麗。wave(ウェーブ)って言うんだよ。
あの方角に――ずっと行ったところにある国では、リンの髪型はみんなが羨むウェーブだ。」
海の向こうを指差して、擾はくすりと笑う。
「……本当に!?」
大きな翠の眼をくるくると見開いて、リンは思わず声を上げる。
嘘は言わない、直接見たわけじゃないけどと擾が笑う。
「その歌は、父親が遠い国から伝えた唄なの。」
いつの間にか顔から笑みを消して、遠い目で尋ねる擾。
その言葉の意味が分からずに、リンは歌? と思わず問い返した。
「さっき、歌っていたでしょう。どっかで聞いた気がしてさ。」
へ、と不心得顔のリンに、擾はもどかしいのか少し苛立たしげにそうだと返した。
「……ああ。」
とくに意識しておらず、でたらめに歌っていたと答えたら自分はどうなるだろう。
身震いして、そうかもとだけ答えた。
「……リンは音楽好きなの?」
我にかえってこくりと頷く。
幼い頃から、歌好きな少女。
父の鼻歌に乗せられた聖歌も、母の歌ってくれる童謡も好きで、そして何より気分任せに、自分ででたらめに旋律を紡ぐのが好きだった。
「昨日狙った商船に、珍しい楽器が乗ってた。素材がただの木でさ。売ってもたいした値段にならないから、リンが使いたいなら使えばいい。」
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