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少年は野太刀を抜かない。ただ鞘に収めたまま、まるで杖か棒のように構える。
そう、これは少年にとっての杖。魔術師の杖だった。
「術式展開、我は法を紡ぐモノなり・・・」
男が刀を構えて走る。それは先程より遥かに早い。
しかしそれ以上に、少年の一言が早かった。
「我は虚空に線を編む。赤き線は猛る叫び・・・爆ぜよ!!」
刀を爆風で弾き、体までも吹き飛ばす。それでも男は刀を離さない。それどころか、刀だけが少年を向いている。
まるで持ち主の意志を無視するように。
「我は汝を縛る法を紡ぐ。編むべき紋は支配の意志・・・」
少年の右腕が複雑な印を虚空に記す。最後に、野太刀の鞘で地面を軽く叩く。
「封陣。」
それが最後だった。男の手から刀が離れ、そのまま倒れてしまった。
少年は男に興味を示さず、落ちている刀を無造作に拾った。一瞬だけ、顔を歪める。
「無駄だよ。こっちも色々考えているんだ、お前程度に俺の防壁は破れない。」
それは男にではなく、刀に向けられた言葉だった。
刀を布で包み、少年は懐から携帯電話を取り出す。
「クロだ。目標は回収成功、死者1の意識不明1。」
少年は淡々と告げる。その顔はやはり無表情、何の感慨も無かった。
「分かった。その資料は明日受け取る。あぁ、いつもの場所だな。タイトルは・・・分かった。」
電話を切り、少年は歩き始めた。やがてここには警察が押し寄せる。それを知っているからこそ、少年は面倒を嫌ってその場を離れた。
正義の味方を、彼は嫌う。彼自身も、自分がそれとはかけ離れた存在だと理解している。
彼は魔術師。現代社会の裏に生きる、外道の知識を持つ者。
頼まれた仕事を果たすだけの、一つのシステムだった。
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