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「沖田組長、侵入者です!」
一方、のどかな時間が流れる屯営の庭――
団子を口に入れようとしていた沖田は、その慌ただしい隊士の大声に思わず手を串から離した。
「あ……、」
ポトリ、滑稽な音を立て最後の一つは無情にも地面に着地する。
その儚い最期を看取った沖田は、ゆっくり顔を上げた。
その端正な顔立ちは心なしか切なげだ。
「どうしたのですか?」
「あ、いやっ、侵入者です! 黒の袴姿に、丸腰……けど、何か雰囲気が危なくて。眼鏡に短髪の小柄な男で、手には確か風車――」
「風車ですか?」
ぱたぱたと両手を過剰に動かす隊士だが、沖田には上手く伝わってはいない。
「とにかく『稽古』とか言って聞かないんです。何人かが今、止めてるんですが……」
ピクリ、沖田の肩が揺れた。
. . .
「侵入者……あははっ! 何だ、そういう事ですか」
途端に笑顔になった沖田は、縁側から立ち上がる。脇に置いていた刀を手に取ると、ニコリと笑った。
「沖田組長?」
「私の団子を駄目にしてしまった罪は大きいです。少し、楽しませていただきましょう」
長い艶やかな黒髪を靡かせ沖田が、隊士の横を摺り抜ける。
華奢なこの男――沖田 総司が、新撰組随一の剣の使い手であり、筆頭組長であるなどと、誰が分かろうか。
「それに早く行かなければ、手遅れになりますからね」
そんな意味深な言葉を最後に、沖田は玄関門へと駆け出す。
浅葱羽織を纏った背中は、何故だか楽しげだ、と隊士はふと思うのだった。
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