18.恋焦ガレテ

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  ………… …… ―――場所は再び、伏見宿屋 (嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!) 半日借りた六畳の部屋で一人、藤堂は同じ台詞を繰り返していた。 先程の光景が頭から離れない。 見間違えるはずのない顔と、湯気に浮かび上がる濡れた黒髪に、透き通るような僅かに紅く染まった白い肌。 それは明らかに男である藤堂の身体とは違う、柔らかな女のそれだった。 事故とはいえ見てしまった事も動揺の原因の一つだが、最大の驚きは和葉の“性別”だ。 「和葉が……女? まさか、だって……でも……」 女である事は間違いない。 だが、今までの和葉の言動や態度を思い返せば、どうしたって矛盾する。 「あんな強い女子……って!! 僕、初対面で和葉に馬乗りになってるよ!」 確かあれは芹沢一派暗殺事件の直後。服装や中性的な顔立ちから“男”だと藤堂は迷わず判断していた。 女相手だとすればとんでもない大胆な行動に、今更ながら藤堂は真っ赤になる。 「それだけじゃない! 衆道の仲ってのは和葉のはったりだとしても……抱き着いたり、頭撫でたり、してるよね。何で気付かなかったんだろ……」 改めて先入観とは恐ろしい。 今頃、羞恥が襲えど後の祭り。寧ろ、本人が平気な様子だったのだからどうしようもない。 沖田程の初ではないとはいえ、簡単には忘れられない光景を思い出してはまた、藤堂は悶々と悩む。 (えっ……けど、和葉が女って事は) 不意に気付くのは、和葉に想いを寄せる己の恋心。 すっかり忘れていたと言えば何とも滑稽だが、藤堂が恋慕しているのは事実なのだ。 和葉を“男”だと信じて疑わなかった藤堂にとって、それは思ってもみない事態だった。 (待って、それじゃあ僕は衆道ではなく……単純に、一人の女子の事が――) 「……へーすけ……」 恐る恐る掛けられた小さな声に、藤堂の思考は中断させられる。 振り向けばそこには、柱から顔を覗かせる和葉が居た。  
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