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「これ、着て良かったよな?」
和葉が目線で指すのは、藤堂が落としていった宿屋の淡い藍色の浴衣だった。
おそらく藤堂は自分の背丈を基準に選んだのだろう。肩幅、丈、袖、似合ってはいるのだがどれも和葉には大き過ぎた。
それでも文句もなく律儀に着ており、首には宿屋の名が入った手ぬぐいを掛けている。
「……あー、うん。って、髪の毛濡れたまんまじゃん! ほんと、湯冷めして風邪引くよっ」
ぐっしょり濡れたままの和葉の髪を見ると、藤堂は叫ぶ。
「わーたよ。部屋何処だったか探してて、そのままにしてただけだし……直ぐ乾かすって」
まるで母親の如く注意された和葉は口を尖らせたまま、手ぬぐいで乱暴に頭を掻き乱す。
ガシガシ、と男でもしない中々に大胆な乾かし方に藤堂はポカンとする。
狭い宿屋で迷った、という事実はとりあえず聞こえなかった事にした。
「ほら、乾いた」
髪が少ない為か、既に半乾き程になった髪を右肩に纏めて下ろすと、和葉はやっと部屋に入って来る。
僅かに熱で上気した紅い顔のまま藤堂とは視線を合わせず、和葉はぎこちなく向かいに座った。
(あれ……和葉って、こんな……色っぽかったっけ……?)
本人は自覚がないのだろう。
大きさの合わない浴衣がズレて覗く白い肌、艶やかに光るまだ濡れた髪、俯くと分かる長い睫毛。
風呂上がりの女子としては普通なのだろうが、和葉を慕う藤堂としては感じ方が変わるらしい。
己の不純な心に反省し宿屋に設置される脆い窓に目線を逸らす。
夕暮れ時、一番星すら見えそうに空は茜から藍に変わりつつあった。夜は近い、いや冬は近いのだ。
「……すまなかった」
「え?」
気持ちを景色に持って行かれそうになった藤堂を、和葉が引き戻す。
慌てて振り向けば、正座をした和葉が手ぬぐいを両手で握り締めていた。
「その……事故とはいえ、目汚し、えっと、気分悪くさせちまった。すまない」
「か、和葉ぁ? 普通ね、謝るのは僕だと思う。それに、目汚しなんかったよ!」
「…………」
きょとん、目を点にする和葉。
訂正させようと弁解した途端に墓穴を掘る藤堂だった。
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