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聞きたかった事実は、
知りたかった真実は、
耳を塞ぎたくなる程に、
逃げ出したくなる程に、
苦しかった。
それでも若葉の言葉は、沖田にはっきりと届く。拒絶する事より先に。
「―――和葉さんは、お禿さんだったと?」
「そう。孤児として生きていたあの子が拾われた場所が偶々(たまたま)遊郭やっただけ」
名前を与えられるより先に両親に捨てられた少女。拾われた先が遊郭・大坂新町。
偶然だと言えば、偶然。
運命だと言えば、運命。
「あの子ね、ずっと新町で酷い扱いを受けてたんよ」
「……え」
「元々、あの子は真っ直ぐな子やから、何か逆らったんやろな。そっから楼主に目の敵にされてたらしくて」
苦しげに唇を噛む若葉。唇には血さえ滲んでいた。
「うちらもやけど、孤児のあの子にとって衣食住を与えてくれた楼主へは絶対服従。反抗する事は勿論、逃げる場所すらもない……」
あの時の声が蘇る。
沖田の知らない“少女”の声。
何度も繰り返した楼主への震えた『ごめんなさい』の言葉が全てを語るようだった。
命乞いをするような、消え入りそうな懸命な声。
軽い眩暈がする。
「沖田はん、あの子の裸……見た事ありはる? 未だに消えない痣や傷が無数に残ってるんよ。あの子、女の子やねんで?」
ポタリ、若葉の手で涙が弾ける。怒りや憎しみ、そんな憤りを込めた声が続く。
「躾、折檻……そんなんやなかった。殴る蹴るは日常茶飯事。煙管を押し付けられたりもしたんやて。食事も与えられず、残飯漁り。毎日が、拷問、地獄やった」
「そ、そんな……事……っ」
あの透き通る瞳から、誰がそんな過去を想像出来ようか。
無愛想で、それでも素直で、あの美しい心から、誰がそんな苦しみを想像出来ようか。
受けた事ない痛みで身体が震える。首を絞められているように息苦しい。
沖田は気丈に笑う姿を頭に浮かべる度に、どうしようもない虚しさと辛さに襲われた。
信じたくない――過去、そして真実だった。
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