2300人が本棚に入れています
本棚に追加
/537ページ
「た、助けてくれる方は……いなかったんですか……」
「触らぬ神に祟り無し、って誰も助けてはくれんかった。そやからずっとあの子は孤立して、楼主のはけ口として独りで生きていた」
歳の離れた姉は忙しく、いつも独りで過ごした沖田の幼少期。
家計は苦しく貧しい生活を余儀なくされたが、沖田には家族があった。例え遊んでくれなくとも、温かな家族があったのだ。
それは同じ独りでも、天涯孤独の彼女とでは訳が違う。
――どんな気持ちで、毎日を過ごしたのだろう。
沸々と沸き上がる感情、激しい苛立ちと共に、沖田は立ち上がった。
「……そんな事っ! あの子は、和葉さんは……どうして……」
「“お雪”や。禿のあの子の名前は雪。悲しいけど、あの子みたいな女子はいくらでも居るんよ」
沖田に見せたあの姿は“お雪”だったのだろう。
そして、その様な境遇の少女が多く居る事も、認めたくはないが事実だった。
沖田――廓に生きた事のない人間には、決して知り得ない浮世の悲しい摂理。
「そやから耐えた。あの子は、ただその辛い環境の中、感情を押し殺して、押し殺して、生きてた」
嘆きの言葉も、同情の言葉すらも浮かばない。ただ胸いっぱいに広がる鈍く重い“しこり”がジクジクと痛んだ。
ただただ悍ましく黒い感情が、沖田の全身を駆け巡った。今、己がどんな酷い顔をしているかは鏡を見ずとも分かる。
「何で話してくれなかったのか、って? そんなん、あの子が言う訳ないやん」
「でも、私は……和葉さんの事……とても……」
何も知らないのだ。
何も分からないのだ。
自分が和葉の過去を聞いて何が出来るかと言えば、答えられない。沖田自身がそんな高尚な人間でない事は、己が一番理解していた。
それでも……悔しいのだ。
ただ、のうのうと和葉に接して来た自分が恥ずかしい。それだけだった。
「……けどね、結果から言えば、お雪は全てを捨てて新町を逃げ出した」
沖田の泣きそうに歪む顔を制すと、若葉は言う。途端に顔を上げた沖田。
「逃げ出したのは寒い雨が降る――あの子が遊女になる前夜やった……」
若葉は軽い溜息を吐き出すと、目を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!