18.恋焦ガレテ

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  「た、助けてくれる方は……いなかったんですか……」 「触らぬ神に祟り無し、って誰も助けてはくれんかった。そやからずっとあの子は孤立して、楼主のはけ口として独りで生きていた」 歳の離れた姉は忙しく、いつも独りで過ごした沖田の幼少期。 家計は苦しく貧しい生活を余儀なくされたが、沖田には家族があった。例え遊んでくれなくとも、温かな家族があったのだ。 それは同じ独りでも、天涯孤独の彼女とでは訳が違う。 ――どんな気持ちで、毎日を過ごしたのだろう。 沸々と沸き上がる感情、激しい苛立ちと共に、沖田は立ち上がった。 「……そんな事っ! あの子は、和葉さんは……どうして……」 「“お雪”や。禿のあの子の名前は雪。悲しいけど、あの子みたいな女子はいくらでも居るんよ」 沖田に見せたあの姿は“お雪”だったのだろう。 そして、その様な境遇の少女が多く居る事も、認めたくはないが事実だった。 沖田――廓に生きた事のない人間には、決して知り得ない浮世の悲しい摂理。 「そやから耐えた。あの子は、ただその辛い環境の中、感情を押し殺して、押し殺して、生きてた」 嘆きの言葉も、同情の言葉すらも浮かばない。ただ胸いっぱいに広がる鈍く重い“しこり”がジクジクと痛んだ。 ただただ悍ましく黒い感情が、沖田の全身を駆け巡った。今、己がどんな酷い顔をしているかは鏡を見ずとも分かる。 「何で話してくれなかったのか、って? そんなん、あの子が言う訳ないやん」 「でも、私は……和葉さんの事……とても……」 何も知らないのだ。 何も分からないのだ。 自分が和葉の過去を聞いて何が出来るかと言えば、答えられない。沖田自身がそんな高尚な人間でない事は、己が一番理解していた。 それでも……悔しいのだ。 ただ、のうのうと和葉に接して来た自分が恥ずかしい。それだけだった。 「……けどね、結果から言えば、お雪は全てを捨てて新町を逃げ出した」 沖田の泣きそうに歪む顔を制すと、若葉は言う。途端に顔を上げた沖田。 「逃げ出したのは寒い雨が降る――あの子が遊女になる前夜やった……」 若葉は軽い溜息を吐き出すと、目を閉じた。  
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