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「宴会の目を盗んで楼主はあの子を……押し倒した。それで、あの子を襲おうとしたの」
バサバサッ、
積み上げていた書物がまるで何かを訴えるように崩れ落ちた。
「――っ」
言葉が出なかった。
「言い方は悪いけど、そういう事はよくあるんよ。禿の、その……貞操を。けど普通は無理矢理なんて有り得へん……はず」
決して許されざる行為、だが世俗から孤立した廓の中でその常識は通じない。やはりそれは古くから、目を逸らされ続ける問題であり。
切なげに目を伏せた若葉に、沖田は何も言えはしなかった。
「もしかしたらそれが心の合図やったんかな。襲われそうになったあの子は衝動的に楼主に殴り掛かり、そんで店を飛び出した……」
あの子らしいでしょ、そう言って薄く笑う若葉に、沖田は胸が締め付けられる。
―――ズ―キン、
「私は……最低です」
聞かずとも分かる。
その楼主の行為がどれほど、和葉に傷を与えたか。必死に苦痛に耐えた毎日を全て捨ててしまう程の衝撃、恐怖が和葉を襲ったのだから。
あの怯えた瞳、震えた声、それが全てを物語る。
沖田のした事は、楼主のそれを彷彿させる行為だったのだ。
「……私は、私は……和葉さんに、」
上手く言葉が紡げない。
消えてしまいそうな、泣き出しそうな表情を浮かべていた和葉。今なら分かる。
あれは、過去の楼主と沖田を重ねていたのだ。
『沖田さん』そう儚げに言った和葉に沖田がしてしまった事。
それは、想像以上に深く重い罪なのだ、と気付いた時にはもう遅い。
「すみません……すみません、でした……」
「うちに謝っても、過去は変わらへんよ?」
怒っている訳でもなく、ただ静かに囁いた若葉は沖田を見つめた。
(ちょっと虐め過ぎたかな?)
嘘は吐いていない。だが、今の沖田へは辛い話をした事に後悔した。
話をしたのは、和葉を想っての事。そしてもう一つ。
(和が沖田はんの話ばかりするやもん)
そのちょっとした嫉妬心。
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