2301人が本棚に入れています
本棚に追加
随分と暗くなり始めた空に目線を移した若葉。
話し続けたせいか、酷く喉が渇いていた。そして、少し心が軽くなった気がした。
薄く広がる群青、淡く散らばる鱗雲、もう冬は遠くないのかもしれない。
「……その楼主は?」
「死んではいないみたいやけど。一度、島原に来たゆう噂もあるけど詳しくは知らへん」
「で、では! 和葉さんは……それから、店を飛び出してから……一体」
本当はとても怖かったのかもしれない。胸を締め付けるような話は息苦しく、逃げ出せたらどんなに楽か。
それでも沖田は尋ねる。
知りたいから、大切な人の事をもっと分かってあげたいから。
強く握った拳は熱を帯びていた。
「……あの子はね、お雪は、一人の遊女に救われたの」
今度は懐かしむように若葉は笑う。そこで沖田は悟る。
「その女性がこの話を若葉さんにしたんですか?」
「よう分かりはったね」
「和葉さんは決して自ら不幸を語るお人ではないですから」
どんな時でも、和葉は自身に関わる者を敵としない。
何時だったか不当な理由で役人に殴られた時ですら、和葉はその相手を庇っていた。
「彼女は、お人よしなのかもしれませんね」
そして、それ以上に和葉は真っ直ぐなのだ。敵も味方も、和葉にとっては同じ“人”であり、感情や態度を揺るがす事はない。
「でも、そんな和葉さんの不器用さが……私はどうしようもなく羨ましく、好きなんです」
「……おおきに」
言葉足らずな若葉の優しい笑顔と感謝の意味、それに沖田は気付きはしない。話して良かった、心からそう感じる若葉の安堵には。
「一人の遊女は、あの子に新町と女を捨てさせた。そして、和葉という名前と島原での下男という居場所を与えた。遊女の名前は双葉――うちの、唯一血の繋がった姉」
「双葉さん……姉上、ですか?」
初めて聞いた名だった。改めて和葉が自分に何も話してくれない事を切なく感じるも、沖田は丁寧に相槌を打つ。
「貴方の姉上でしたら、きっと美しいお方なのでしょうね」
最初のコメントを投稿しよう!