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「っ、それ口説いてはる?」
「何を、ですか?」
はて、と目を丸めたまま若葉を見る沖田。若葉は半ば諦めたように眉を寄せると、肩を竦めた。
「無自覚ってのもなぁ。あの子に同情したなってくるわ」
「?」
「話は戻して、姉さんは誰が見たって絶世の美女、憧れやった」
ぱん、そこまで話した若葉は手を叩く。にっこりと笑顔で。
「ま、容姿だけは。中身はとんでもない風変わりな人で、乱暴やし男勝りやし。島原では“うつけ姐さん”なんて呼ばれてて。顔だけで近寄った殿方は皆裸足で逃げ出すんよぉ」
浮世は上手い事出来てるもんやね、と笑う若葉に沖田もつられて笑う。
きっと“双葉”もこうやって笑うのだろう。三人が並べばさぞ華やかで明るかったに違いない。沖田の胸がホッと温かくなった。
「何てったって極めつけは『大坂で拾った』って、うちと歳変わらん子を連れて帰って来た事やわ」
「それが、和葉さん?」
「そ。誰の許可も得ないまま、今日から下男として働かせるからとか宣言しちゃって。最初は本当に男やと思ってたから焦ったわ」
何となく想像のつく緊張した和葉の仏頂面。和葉の事だ、慣れるまでに随分と誤解と時間を掛けた事だろう。
「双葉さんはどちらに? 宜しければ、ご挨拶させて下さい。お話しだけ聞くのは相手の方にも申し訳ありませんから」
こんな風に明るく言うものだから、沖田はつい口を開く。
会ってみたい、お門違いでも和葉を救った礼をしたかったのだ。
悪意などない、単純な簡単な頼み……それだけだった。
だが――、
「姉さんは、死んだよ」
感情のない静かな声だった。
それでも間がなかった所、予想はしていたのだろう。
「っわ、私……――」
「堪忍。実は、誘導してた。その質問させたかったから」
「……え……?」
混乱する沖田に、若葉は垂れた髪を上げ直すと、ゆっくり立ち上がった。
「失踪、行方不明、神隠し、そういう事になってる。けど、うちは知ってる。姉さんは真っ赤な血を流して死んでたのを見たんやから」
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