18.恋焦ガレテ

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  偽りなどないのだろう。 細められた瞳に色はなく、夕日の光で顔の輪郭は透けてしまいそうだった。 「殺されたのですか? 一体、どなたに……?」   . . . . 「知らない。 うちはあの子の為にも、姉さんの事は忘れる。記憶から消そうとしてるから、もう、聞かないで」 若葉は京生まれではなかった。段々と取れてゆく訛り。それがまた彼女の感情の起伏を表しているようだ。 (和葉さんの為?……どうして、何故……) 意味深な表情に沖田が口を挟める訳もなく、訪れる何度目かの沈黙に耐えていた。 「最後は暗くて堪忍ぇ。話はこれで終い。もー、ようけ喋ったから疲れたわ」 再び戻る明るさが切ない。 沖田は言葉に出来ぬもどかしさを唇を噛む力に篭めた。 「つまらない話聞かせて堪忍。遊女の戯言やから」 「謝らないで、下さい。きっとお辛いのに……何も出来ない私なんかにお話しして下さった事、本当に有り難うございます」 深く頭を下げたまま沖田は言う。芸妓の話を聞いてこんなに素直に感謝する男を、若葉は初めて見た気がした。 「辛いかぁ。一番辛いのは、あの子やで? 新町で負った深く暗い過去、それを救ったのは確かに姉さんやったのに……傷は塞ぎかけてたはずやのに。全部、あの時から振り出しのまま」 いつも独りを望んだ和葉。 いつも己のみ責めた和葉。 あの時から、双葉という存在が消えた日から、和葉は生きる事を“義務”とした。 助ける事も出来ず見守る事しか出来ない若葉。 だから頼ってしまったのかもしれない。和葉に数年振りの感情を与えてくれた、目の前の男を。 「あの子、姉さんの話をしようとすると極度に嫌がるの。そやから、うちは、何も出来ひん」 「……して……欲しかった」 「え?」 「私は、話して、欲しかった」 沖田の視界が滲む。 どうして何も話してくれなかったのだろう。 まだ和葉にとって己はそんな存在なのか。 ただの友人――、 笑顔を見せてくれる和葉は、まだ沖田を頼っていない。 (私はどうしようもない自惚れた馬鹿ですね) その事が悲しかった。  
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