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「それは、あの子一筋やから?」
わざとらしく澄ました顔で若葉が聞いてやれば、沖田は耳まで真っ赤にして俯いた。
「……はい……っ」
小さな、それでいて迷いのない声、強く頷いた沖田に、若葉は目を細める。
(なぁんや、二人して馬鹿なだけか)
廓の中に住む身とはいえ、若葉とて新撰組の存在ぐらい知っていた。その中に若いながら随一の強さを誇る鬼神の如き侍が居る事も。
そして、それが噂とは容姿は異なるが目の前の沖田である事も。
だが、たった今悩ましげさを帯びた表情を浮かべる青年は、その想像から酷く掛け離れていた。
心を捨てた鬼ではない。
今は、人斬りではない。
ただの奥手な優しい青年ではないか。
「っで、想いを伝えようとはしはらへんの? いっそ、強引に祝言でも挙げたらええやん」
「し、しゅ、祝言!? そんな、止めて下さい……」
顔を上げた沖田は、真っ赤な顔のまま若葉の言葉に過剰反応する。
勿論、こんな話題を会話に持ち出した事のない沖田が上手く流せる訳もなかった。
「作法上、殿方からの縁談を女子の和に断る権利はないし。あの子やって……満更やないんやない?」
「私は全てを剣術に懸けると誓った身ですから。それに、私にそんな権利は有りませんし」
沖田は微笑みながら右の拳を自身の胸に宛てた。
「権利? 襲おうとした事? 責めてへん。どうせ押し倒されるくらい可愛い事をあの子がしたんやろ。気にせんで――」
「私は、永遠を誓えないんです」
若葉を制する沖田の静かな声。
「一緒に居る、私にはきっと出来ないんです。共に過ごす事の出来る時間……それは余りにも限られていて、僅かなんです」
新撰組の筆頭組長、そして“労咳”という不治の病、二つを背負う沖田であるから。
昔から縁談や恋慕に全くの興味こそ無かったが、それが完全に断たれた時……不思議と、遥か彼方にあったはずの感情が、沸き上がる。
そしてそれは、沖田が決して手に入れる事の出来ない、叶う事のない、存在となった。
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