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「和葉はん、島原で下男やってはるんどすか」
「はい。まだまだ未熟ではありますが」
照れながら答えた和葉は濃い茶を飲む。
登勢に通された部屋はどうやら普通の客間らしい。恐縮する和葉に対し、登勢は楽しげに世間話を続けていた。
「ここはしがない船屋やけど、たまに島原帰りの殿方もおるんよ。ほんまに極楽みたいやって皆言いはるわ」
「有り難うございます」
膝に置いた浴衣を握り締めたままニコリと微笑んだ和葉。
流石に老舗の船屋の女将だけあってか、話し上手であった。まるで母親のような温かな笑顔は、さぞ旅人を癒す事だろう。
「そんで、浴衣と一緒に置いてはるんは?」
登勢は気になったのか、和葉が持つ小鉢を指差した。
「……あぁ、これは宿屋の方にお礼と思い持って来た煮物です。といっても、余り物ですが」
「これ、殿方が作りはったん?」
「はい。九国(くこく)の郷土料理らしいんですが……昔、店の客の方に食べさせて頂いて、美味しかったので味を思い出しながら似せて作ってみたんです」
ふわりと匂う煮物独特の柔らかい香り。昼前な事もあり食欲をそそる。
「あ、良ければ食べて下さいませんか?」
「うちが?」
急に差し出された小鉢に登勢が目をしばたたかせると、和葉はコクリと頷いた。
「不在なら仕方ないですし、また作れば良い。腐らせるのも勿体ないんで……まぁ、味の保証はないですが」
苦笑する和葉は用意していた箸を差し出す。
ドン、ドンッ!
その時、突然襖が強く叩かれた。
「お登勢殿ー、もう昼餉ですき。わしに何か食わしてつかぁさい」
続いて聞こえたのは情けない男の声。低い声色に加え酷い訛りで、傍に居る和葉ですら聞き取りずらい。
そうする内に襖はピシャリ!と開かれ、二人の前には肌蹴た着流し姿の男が現れた。
「さ、才谷はん!?」
驚いて叫ぶ登勢に、才谷と呼ばれた男はごろりと部屋に転がってくる。
纏まりのない癖毛が和葉の足に触れた。
「わしは腹が減って死にそうなんぜよぉ……」
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