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まるで捨て猫のような雰囲気すら醸し出す男に、和葉は首を傾げた。
(何処かで会ったような……)
そこまで考えた所で、ふと和葉は手に持つ小鉢に視線を落とした。
「よ、良かったら……食べますか?」
「ん?」
だらりと下がった頭を上げた男。言葉と漂う匂いに反応したのか、みるみる顔が明るくなる。
「お登勢さん、あげちゃって構わないですか?」
「勿論、殿方がえぇんやったら……」
「んじゃあ、頂きますきっ」
ぱくり、和葉が箸を渡すより先に男は人参を摘み口に入れた。重たげな目を大きく見開いてみせた男に、和葉は不安げにその顔を覗き込む。
「えっと……味は――」
「げにまっこと美味いぜよ!!」
「う、わぁ!?」
尋ねようとした瞬間、部屋中に男の大声が響き渡った。
驚いた和葉が身を引こうとするも、男が和葉の肩を強く揺さ振る。勿論、突然の事に対応出来る訳もなく、和葉は男と共に畳に倒れ込んだ。
「こんに美味い“がめ煮”は初めてぜよ! 九国の出身か?」
「違う。ここでは筑前煮と言うが、郷土では“がめ煮”と呼ぶんだな。殆ど感覚で作ったが……」
「天才ぜよ!! ここまで再現出来ちょるん見たんは、初めてぜよ。深い味といい、具の良い塩梅の柔らかさといい、まっこと素晴――」
目を輝かせたまま感想を述べる男の口を和葉は思わず手で塞ぐ。
「褒めたって何も出ない。美味しいと言うなら、喋らず食べてくれ」
頭を掻きながら俯く和葉に男は大きく頷くと、上半身を起こし食べる事を再開した。
何とも気持ちの良い豪快な食べっぷりに、和葉は乱れた髪を梳きながら苦笑する。
「……口に合って良かった」
「恩に着るぜよ。わし、このままやと腹の減り過ぎで死んでしもう所やったきぃ」
再び和葉に向き直った男は手を握りぶんぶんと振る。
「わ、わーったから。離れろ、脳が……揺れ、る」
「ほんま。此処は神聖な船屋どす。男といちゃつくんやったから余所行っておくれやす」
突然落ちてきた絶対零度の声に二人が見上げれば、そこにはいつの間に現れたのか“おハル”が立っていた。
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