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(そこには触れてはいけないのか……)
わざわざ会ったばかりの者の事情など追求しようとは思わない。和葉は違和感を胸に仕舞う。
「お言葉に甘えて……と言いたい所だが、自分色々と仕事もあるし。その筑前煮も味見したので腹も減ってない。気を遣わないで下さい」
京独特の社交辞令に下手に乗れば後々大変である、和葉は経験から知っていた。
軽く身を引こうとするも、またもや男に肩を掴まれる。
「何を言っとるぜよ! こんに痩せて、もっと食わんと骨と皮だけになってしまうきぃ」
男は比較的筋肉質で、和葉との体格差は明確だ。身体に触れていれば秘密がばれてしまう、和葉が手を払い退けようとした時、男はぴくりと肩を震わせた。
「……え?」
すると、突然男は和葉に顔を寄せた。細目ではあるが近付く顔は迫力があり、和葉は鼻先が触れそうな距離になっても動けない。
「お、お前……自分にはそういう趣味は、ない、から――」
「見付けたぜよ!!」
これまた唐突な男の叫び声。
耳元で言われた事で和葉が怯んだ隙に、和葉の身体がふわりと浮き上がった。
言うまでもない。男に横抱きにされているのだ。
「いや、止めろっ! は、離せ馬鹿馬鹿! 自分は男に興味はねぇからっ」
激しく男の腕で暴れてみるも、上手くいかない。
「才谷はん! 何やってはるんどす」
流石に登勢も見兼ねて割り込んでくる。それでも男は和葉を離そうとはせず、瞳を輝かせた。
「お登勢殿、昼餉は要らんぜよ。大事な用じゃき、部屋には誰も近寄らんよう手配してつかぁさい」
「は、はぁ……」
男は手早く伝えたと思うと、部屋を飛び出した。抵抗虚しく和葉には拒否権はないようだ。
(この男、一体……知り合いではないはずだが)
すっかり抵抗を諦めた和葉は、腕の中で揺れながら思考を巡らせる。男は廊下を走り、二階への階段を駆け登り、瞬く間に二人は一番奥の部屋に到着した。
「お前、一体何のつもりだ!」
抱き上げられた時とは打って変わり、丁寧に降ろされた和葉。男を見上げて睨むと、そう吐き出した。
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