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「ありがとうございました!」
そこは、東京、八王子。町外れにある、小さな剣道場だった。
「いやあ、強くなったね、春川君」
年季の入った、色の落ちた藍色の胴着を身に着けた小さな老人は、まだ色の濃い、紺色の面を外し、大きく息を吐くその青年に声をかけた。
「いや、まだまだ……今日の一本はまぐれみたいなもんです」
息を調えながらその青年、春川拓也は、幼い頃からの剣の師であるその老人に笑みを見せた。
「そのまぐれが、次の確実に繋がるんじゃないか」
「努力します」
頭に巻いた手拭いを外し、黒くぼさついた髪にまとわりついた汗を拭いながら、拓也は一礼し、腰を上げる。
「毎日来てくれるのは嬉しいけど、勉強の方は大丈夫かい? 今年で高校二年だろう?」
「そうですね……冬頃からは、来られる機会は少なくなると思います」
「そうか……仕方ないね」
拓也の返答に、先生は少し残念そうに息を吐く。そんな素直な性格が、拓也は好きだった。
「大丈夫ですよ。佐藤先生に勝つまでは、道場を辞める気はありませんから」
その言葉に、佐藤先生は心底嬉しそうに微笑んだ。
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