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閉めてあげようと思って、書類の山を崩したりしないように注意しながら、そうっと机に近づく。
―ねぇ、誰?―
引き出しの中から、声がした。ちょっと小さいけど、可愛らしい女の子の声だ。
「君も、誰?」
言いながら、引き出しの中を覗き込む。そこには人間の『口』があった。
―私は、ユリ―
「ユリちゃんって言うの?僕のお母さんと同じ名前だ」
―そうなの?―
『口』は、ユリちゃんと言うらしい。パクパクとユリちゃんが動く度に、声が発せられる。
―この名前、タカアキって人がつけてくれたの―
タカアキは、僕のお父さんの名前だ。
「僕、その人の子供だよ。ツバサって言うんだ」
―子供?―
ユリちゃんはちょっと黙った後、嬉しそうな声で言った。
―いつもタカアキさんが話してくれるわ。とっても可愛い子だって―
「そうだよ。僕、結構モテるんだ」
膝立ちで引き出しの底を覗き込んでいたから、足が痛くなってきた。そっとユリちゃんを手のひらにのせて、机にもたれるように体育座りになる。
「ユリちゃんは、何で引き出しの中に居たの?」
―私は、引き出しの中にいたの?―
「うん。一番大きい引き出しの中に居たんだよ」
―…分からないわ。タカアキさんだったら、分かるんじゃないかしら―
ユリちゃんはとっても軽くて、ほとんど手の上に乗せている感じがしないほどだった。かさかさした感触と、『口』だけという姿、そして声だけがユリちゃんを認識できる手段だった。
「じゃあお父さんが帰って来たら聞こう。 それにしても、女の子を引き出しの中に閉じ込めておくなんて、お父さんも酷いなぁ。僕だったらそんな事はしないよ」
そう言って、立ち上がる。
「ユリちゃんを僕の部屋に招待してあげる。いっぱい玩具があるよ」
―ツバサ君、気持ちは嬉しいけど、私は何かをみる事はできないの…―
「あっ、そっか…」
ユリちゃんは口なのだ。話すことは出来ても、何かを見たりする事は出来ない。
たった今気づいたかの様に、しまった、とツバサは口を押さえた。 その拍子に、ユリちゃんを落としてしまう。
異様に軽い音を立ててユリちゃんが床に落ち、バウンドする。机の下に潜り込んでしまった。
慌てて僕は手を伸ばす。
「ごめんユリちゃん。何処にいるの?」
―ここよ。ツバサ君―
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