"小説"は"現実"より奇なり

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 学校が終わり、僕は加奈と一緒に帰り道を歩いていた。 「ねえ、加奈。」  僕が呼び掛けると、加奈は笑顔で、何?と返してくる。 「いや、あの、えっと…。」  何故あの時にあんなに落ち着いて話しが出来たのか、と率直に聞きたかった。けれどそれは何か加奈に失礼な気がして僕は上手く言い出す事が出来なかった。 「ごめん、何でもないや。」 「何よ、変なの。」  加奈と一緒に歩く。ただそれだけの事。でも、僕は幸福感でいっぱいだった。ああ、僕はこんなにも加奈の事が好きだったんだ。幸せな時間。僕はこの時間を出来る限り長く味わっていたくて、わざとゆっくり歩いていた。  加奈の家は僕の家の正面にある。僕たちは家までの長くも短くも感じる道を歩き終えると、お互いに 「「またね」」 と笑顔で別れた。  僕は彼女が家に入るのを確認してから、自宅のドアを開ける。 「ただいま。」  僕が靴を脱ぎながらそういうと、キッチンから母さんのおかえりという声が聞こえた。  その声を聞いて少し考える。一回目では高校三年でこのやりとりは有り得なかった。高校一年の時の父さんの死、それがきっかけで母さんとはまるで他人のような感覚になってしまった。会話は少なく、妙に他人行儀になってしまった母さんに、僕は悲しみを通り越して哀れんでいた。そう、まるで他人に同情するかのような感覚。  想像出来るだろうか。それはまるで顔見知り程度の相手と同居し、その後どれだけ一緒に過ごしてもその関係が変わる事がないようなものだ。おはようの言葉すらお互いにない家族。それはもう家族ではなく他人だ。故に互いに想い合う感情は同情しかなく、喜びや悲しみを分けるなんて事も出来やしない。からっぽ。からっぽの家族。  まあそんな事を今考えてもしかたがない。僕は考える事をやめて、部屋に戻る事にした。
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