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3階教室の窓際で後ろから2番目というなかなか良い席で、俺は何があるでもなくぼーっと空を眺めていた。
「この原子番号は覚える必要があります。ですが全てと言うわけではなく――」
今は3時間目の授業中。教科は言わずもがな化学。理系好きの俺としては大丈夫だが、他は教師の子守歌で半分以上が脱落(爆睡)している。教師によっては叩き起こされるだろうが、この化学の先生は定年間近の我らがクラス担任。もこもこ白髪の髪にもこもこ白髪の口髭がマッチしている菩薩のように優しい先生だ。誰にも嫌われていないことが特徴で、みんなそれに甘えてしょっちゅう寝ている。
「――ですが安心して下さい。有名ないい覚え方があります。もう既に知っている人もいるかもしれませんが――」
そろそろ授業に戻ろうと視線を戻す。すると、前の席でその脱落組の1人で俺の友人、大倉雄馬(おおくらゆうま)が教科書によだれで世界地図を描いていた。オールバックの短髪が似合う爽やかなスポーツイケメンタイプで周りを気遣えるムードメーカー。みんなをまとめるリーダーというよりは率先して馬鹿な事を仕出かすガキ大将タイプで、こいつの周りには人が絶えない。また空手部に所属しており、まだ1学期も終わっていないが期待のホープらしい。このままそっと窓から落とせないものか。
「すいへーりーべー僕のふ」
『ガラガラガラ』
先生が新たな呪文をバックミュージックにこの馬鹿を地面に突き刺す方法を考えていると、急に教室の前のドアが開いた。寝ていた男子は俊敏に起きてそちらを向き、女子は軽く舌打ちをする。入ってきたのは背が高く黒髪を背中まで伸ばした女の子。彼女は教壇の前に来て先生に遅刻届を渡した。
「橘さん。もう少し頑張って早く起きましょうね」
先生が笑顔でやんわり注意する。
「……」
彼女は黙ったまま軽く頭を下げ、1番前の窓際の席まで移動した。
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