電話

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 午前十一時三十分、山田は未だ何も出来ずに汗を流して座っている。電話を切ってからもう二十分は経っていた。  すぐに向かうと電話では言った。だが山田はまだ警察に行く事を上司に伝える事が出来ずにいたのだ。  妻が死んだのだ。行かなければならない事は自分でも良く判っている。だが山田は自分の意志を人に伝える事が苦手だった。特に大事な事になればなるほど話せなくなってしまうのだ。  人の目を気にし過ぎているのは自分でも良く分かっている。  だが同僚たちの前で席を立ち、上司に話しに行く事を考えただけで緊張して頭に血が上って行くのが判る。  今もただ椅子に座り、仕事の書類のマスをボールペンで一つ一つ埋めながら、上司が部屋から出て行くのをジッと待っていた。  上司が廊下に出て行ったら自分もコッソリ後をつけて行く。そして人気のない場所に来たら話しかけるつもりだった。 「部長、実は大事な話があるのですが」  そして訳を話して仕事を抜けさせて貰う。  そう思っていた。だが部長は結局昼休みになるまで席を離れる事はなく、山田は何も出来ずにただひたすら書類に向かっているしかなかった。
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