第一章『平和な世界と不安な毎日』

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 だがそれは社会的敗者と後ろ指を指されるのが目に見えている。  とりあえずは一社、面接の予定がある。  今日はこれからその会社に向かい、自分を売り込むのだ、気が重くなる。  遅くなったが自己紹介をしておこう、僕の名前は『巻島(まきしま)夢(ゆめ)』、夢という名前は男には珍しいだろう、父親がふざけて付けた名前だ。そう、マキシマ・ム。と読む為に。それだけの為に。  余り気に入ってはいないが、別段不便も無い。  怨んでもいない。  僕は家を出て、特に語る事もないまま会社に着いた。  その建物ははっきり言って、立派な佇まいはしていない。  なかなか貧相な四階建ての、灰色をしたビル。  デザインでの配色では無く、コンクリートの色なのは明白。  そして救われないのは、ここが間違いなく本社だという事である。 「ふぅ」  会社の正面に立つと、なんだか疲れるのが分かった、働くというのは大変な事だ。  まだ内定すらしていないが、行きたく無いのが本音である。  だが仕事は必要だと分かってはいる、僕は仕方なくその会社に入っていった。  ドアも随分適当な作りだ、はたしてセキュリティは十分なのだろうか。  不安だった。  この国は 年々就職難になっている、就職することが実際に働くよりも大変なくらいに。  第一印象は大事だ、大きな声ではきはきと、僕は挨拶をしなくてはならない。 「おっ、……こんにちはっ!」  お早うございます、と言いかけて、なんとか軌道修正を果たした。 「はい、こんにちは」  返事はすぐ前の、初見の女性がしてくれた。 「はい、早速ですが巻島様で間違いございませんね?」  彼女は手にした紙を見ながらそう言った、名前の確認、普通の事だ。  黒くて長髪の、細身の女性。受付か何か、事務員だろうか。 「はい、そうです」  なんの捻りも必要無いだろう、僕はなにも考えずそう答えた。  そして綺麗な人だな、という第一印象は僕にとってはプラスだった。 「はい、ではその場でぐるっと回って下さい」  一瞬不審に思うが、まぁ構わないかと思った。  僕はその場で言われたとおりに回って見せた。  回りながらやめときゃ良かったかな、とも思ったが、そのまま回りきる。  なんだか恥ずかしい、それに何かのテストかも知れないし、もう少し考えても良かったかもしれない。 「これで、良いですか?」
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