第六話 柵の中 悔しさの拳

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取り残された弥生はおどおどしながら、崩れる店主に声をかけようとした。 『あ、あの…っ』 「出ていけ…!二度と来るな…!!……くそぅ…っ」 店主の傍にあったのか、壊れたらしい物を投げつけられる。 弥生は慌ててその場を後にした。 外に出れば、芹沢と平山が待っていた。 放心状態に近い顔で二人を見上げれば、咄嗟に口を手で覆った。 そのまま膝をついて、道端に吐いた。 『…っ!エホッ…ゲホッケホッ…』 「あのくらいでそんな状態になるなど…君には期待しているんだが…??立て、早崎くん」 手の甲で口角から垂れるものを拭いながら、呆れる芹沢を見上げる。 何故、あのくらいと言える…人を斬ったのに…。目の前で命が消えたのだ。 「…チッ……平山…」 「はい…」 『………』 なかなか立ち上がらない弥生を見かねて、舌打ちする芹沢。 平山は弥生の着物の襟首を掴むと、無理矢理に立たせた。 『じ、自分で歩け……っ!!』 ムキになって平山の手を振り払おうとするも、再び口を手で覆って振り出しに…。 「…こんな事では、芹沢先生の小姓は務まりませんよ」 ため息をつく平山をキッと睨む。そしてゴシゴシと口を腕で拭うと、気力で立ち上がった。 『余計なお世話…っ』 「………」 「ふっ…おもしろい奴よ…」 芹沢は口元は緩ませても、目は笑わなかった。 愛用の鉄扇を持ち直すと、平山と弥生に背を向け、歩き出した。 弥生はこの時、この芹沢 鴨という男は都の治安だけでなく、新撰組…いや、浪士組までも脅かしている存在だと感じた…。 『…おぷっ゛!!!』 「いつまで寝ているんです」 『………………………』 さっそく、腹部の鈍い痛みに目を開ければ、平山の顔があった。
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