5.欺瞞の神話、本当の当事者

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       ●  出発まであと二十分。  鏡を見ながら自慢の黒髪を梳る私の手は微かに震えていた。 「大丈夫…大丈夫…」  自分に言い聞かせる声すら震えていて。 「そんなわけ…ないです…。きっと大丈夫…」  滲みそうになる涙が煩わしくて。 「だって…全部終わったはずです…」  けれどその全てが気にならないくらいに怖くて。  震える手はとうとう櫛を床に落とした。 「しっかりしなさい…。私には悲しんだり怖がったりする権利はないんです…」  落ちた櫛を拾うこともせず、とても他人には見せられない顔が映る鏡に私は自己暗示をかけ続けていた。        Ⅰ 「それじゃあお願いね、響」 「ええ。じゃあ七海ちゃん? 私とお留守番してよっか」 「うんー…! 響お姉ちゃんとお留守番ー…!」  基本的に日溜家に親しい人間には七海はよくなつく。そして、抱きつかれた山声さんはなんだかすごく幸せそうだ。 「あぁん…七海ちゃんほっぺたぷにぷにぃ…。こんな妹が欲しかったのよ私…」 「えへへー…七海も響お姉ちゃんみたいなお姉ちゃん…欲しかったー…!」 「くっはー! 零也! お願い! 持ち帰らせて!」 「だめだよ山声さん。っていうか最近はほとんど政基くんと同棲生活なんだし遊びに来ればいいんじゃ…」  山声さん、興奮し過ぎでキャラが定まってない。  ともあれ。  この様子なら任せても平気だろう。七海のことだからしばらく遊んでたら眠ってしまうだろうし。 「パパー…気をつけてね…?」 「ふふっ。ありがとう七海。大丈夫だよみんなもついてくるからね。大人しくしてるんだよ? 帰ったら膝枕してあげるから」 「ほんとー…!? 七海、ちゃんと大人しくしてるー…!」  目を輝かせている七海の頭を撫でていると、山声さんが凄く驚いたような顔を僕に向けていた。なんだろう。 「えっと…?」 「あ、いや。なんかちゃんとお父さんやってるなぁって」 「もう2ヶ月だからね。さすがに慣れてきたよ」
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