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「ヒロキさんの名字は?」 「あぁ、聞いても答えないのさ。なんだかラッパーらしくて」 そういえば名字を名乗るラッパーは少ない――と妙に納得してしまった。 「ラッパーで思い出したけど、これ皆で食べてよ」 青木さんが足下のリュックをガサゴソと漁り出す。 どっかで見たような風景だ…… 青木さんが出したのはタッパーに入った鯖寿司だった。 竹の葉で包まれていて、竹の香りが染み込んでいそうな感じに見える。 ――ごくり。 さっき夕食を食べたばかりなのに口の中で唾が溜まるのがわかった。 「いっただっきまーす」 先に手をつけたのは上田さん。 次に田嶋さんが口に入れ、坂本さん、青木さんも食べる。 「やっぱり青木さんの鯖寿司はうまいね」 「いやーお世辞なんかいらんよ」 青木さんもまんざらでもないようだ。 僕も一つ――と手を伸ばそうとした時。 「あれ? 六つしかないじゃん」 と田嶋さん。 タッパーの中には二列に三個ずつ並んでいた。つまり六つだ。 推理サークルのメンバーも六人だから、よそ者の僕らが食べるわけにもいかない。 僕は誰にも気付かれないようにそっと手を戻した。 「あでー、ほんまや」 「あ、僕達はいいですよ。さっき夕食食べたばかりなんで」 本条さんも頷いた。 「えらいわりなぁ」 申し訳なさそうに青木さんは言った。 ラッパーでタッパーを思い出すくだりは触れないでおこう。 「そういえば、他のお二人は部屋で何をされているんですか?」 「――北田のみっちゃんはたぶんネタ作り」 「ネタ作り?」 「そ。いつもトリックを使って事件を起こすのよ」 なんて恐ろしい奴だ……。 僕と本条さんは顔を見合わせた。 するとそれを見て田嶋さんが笑う。
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