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サッと刃を腕の上をはしらせる。
少し間を置いてから,ゆっくりと血が滲みだすが,力がかかったところにぷくりぷくりと小さく泡のように膨らむだけで,零れ落ちたりはしない。
甘かったな。
見るともなしにそれを見て,僕はぼんやりとそう思う。
先程まで,やってしまえもっと深く,と無責任に囃し立てていた声と,その声に唆されて無意識に高揚していた気持ちはいつの間にか消えていて,後に残るのはただただ平坦でのっぺりとしたいつもの僕だ。
枕元にあるティッシュに手を伸ばして取り,傷口と呼ぶには抵抗がある小さなそれにできた赤い泡をぞんざいにぬぐう。
袖口を元に戻そうとするのだが,右手に握られたカッターが外れない。仕方ないので左手で強引に引きはがすと,手の平にカッターの形が赤く残った。
始めは,こんな馬鹿な真似をする自分を嫌悪して,こんな真似に駆り立てる回りを恨んで,ただただ苦しくて,泣いていた。が,今はそんな感情も次第に薄れ,もう何とも思わない。
ニュースや本で騒がれている,若者達に急増しているという自傷行為に対して,大人達は馬鹿みたいに難しい言葉を並べ立て,さも僕らが狂っているように,居場所を求めてさ迷っているように,その理由を悲劇的に彩ろうとする。
けれど,他人はどうだかわからないけれど,僕のこの行為の解釈とは全く違う。
僕はただ,目を覆っているだけだ。暗く深い水面を照らす光から。
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