水面-ミナモ

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虚ろな水面を隔てた世界は,どこも居辛かった。それはこの家を出たところで変わらなかった。 机について,中断していた勉強を再開するために参考書をめくった。シャーペンの頭を無意識にカチカチと押していて,いざノートへ書く段に至って伸び過ぎた芯に少し辟易する。 テレビで嫌というほどに流されて大人達の興味を引いているいじめも,短大まであがればおおっぴらには起こらなくなる。考えが大人になるからとか,もうそんな子供じゃあないとか,中途半端に分別がついた,きっとそんな理由なんだろう。 そう。だからいじめなんかじゃない。 参考書にらくがきとか,椅子の上に押しピンとか,そんなことはおこらない。 ただクスクスと,本人に気付かれないように笑っているだけだ。 ポキ,と手元で芯が小さな音を立てて折れた。物思いに耽っていて,ノートは2行も進んでいない。溜息だけが零れ,参考書の薄い紙をカサ,と揺らす。 そんなに頭がいいわけじゃない僕が背伸びして入った短大では,常に姿勢を正して爪先立ちしていないと追い付かない。 おつむの出来が違う面々と付き合っていくためにも,もちろんそのままではいられない。 ただどう仕様もない僕は,いつも背伸びすることに夢中になり,足元の小石に気付かず足をとられ,失笑をかう。 クスクスという笑い声。僕と世界を隔てる水面が,さざ波のように虚に揺れる。その度に泣き出したいような,憤りたいような,よくわからない複雑な感情が胸をざわつかせた。 けれど水面をざわつかせるさざ波も,暗く沈んだ僕の心にはうまく届かなくて,残るのは悲しみや憤りではなく虚と息苦しさだけだ。 僕は人間で,だから水中で呼吸などできない。 息が苦しくもがくのも,ここにいるのなら仕様がないのかもしれない。
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